今週の本棚・本と人:『ドンナ・マサヨの悪魔』 著者・村田喜代子さん

 ◇大いなる命の流れ

 高齢者を描かせたらピカ一の作家が妊娠小説に挑んだ。主人公を、結婚生活30年の老境を迎えつつある「私」(マサヨ)に据えた点がこの人らしい。5年前に娘が妊娠・出産した経験を生かしている。

 「自分が妊娠した時は必死で分からなかったけど、妊婦っておかしい。おなかの中のエイリアン(胎児)の指令で操作されている感じ」

 ある日、夫婦のもとに、ミラノに住む24歳の娘「香奈」から妊娠を知らせる便りが届く。子供の父親はイタリア人学生「パオロ」。収入のない2人は夫婦の家に転がり込み出産に備える。奇妙な2世代同居生活が始まる。「パオロ」は義母の「私」を毎朝抱擁し「ドンナ・マサヨ」と尊称で呼ぶ。妻にも愛の言葉をささやくことを忘れない。青年の陽気なキャラクターが作品を明るく彩る。「イタリアはマリア信仰があり、母性の国。男はみんなマザコンです」

 全編にユーモアがあふれ、出産にかかわる人々の思いを活写した家族小説としても楽しめる。同時に、人はどこから来てどこへ行くのか、そんな根源的テーマも盛り込んだ。

 犬や猫と会話できる「私」は、「イルマーレ」(イタリア語で「海」)と名乗る娘の胎児「アクマ」と対話を重ねる。胎児は自身の長い旅の記憶を語る。その内容は海から生まれ、陸へと展開する生命の進化の歴史と重なる。「このごろは教養が邪魔してダメになったけど、おばあさんは元々大なり小なり霊性を持つ存在。胎児や動物と相性が良く、つながっている」

 物語を締めくくる赤ん坊の誕生は「アクマ」にとっての死。「大いなる命の流れを書きたかった」。生と死が交錯、連環する村田ワールドの真骨頂がここにある。<文と写真・渡辺亮一>(文藝春秋・1600円)

毎日新聞 2009年6月28日 東京朝刊


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