20150420パンプキンより

 

BOOK 村田喜代子さん『八幡炎炎記』平凡社1600円(税別)

 

生まれ育った八幡は、

溶鉱炉の炎のように

人も街も熱かった

著者初の自伝的作品

 

今年は戦後70年を迎えるが、終戦の年に生まれた村田さんが、生まれ育った北九州の八幡の街を舞台に、描いた初の自伝的作品が本書だ。

「周りの人に、子ども時代のことを色々と話していたら、みなさんが、おもしろいから、書いた方がいいと言うんです。そんなつもりはなかったんですが、編集者のすすめもあって、こんなことになったんです」と、笑顔で経緯を明かす。

八幡製鉄所がある八幡は鉄の町として知られる。西日本中から労働者が集まり、活気に満ちていた。

「方言もいろいろで、職工さんたちも多く、男たちは荒っぽかったし、女たちも、したたかでした。経済が発展して、文化的に進んでいる面もありましたが、一方、製鐡所の高い煙突から吐き出される煤煙で空気が汚れて、蚊もいなかったんです」

当時の八幡の情景が目に浮かんでくる。

広島市内の紳士服店で働いていた瀬田克美が、親方の女房ミツ江と、ミツ江の故郷である八幡に駆け落ちするところから物語は始まる。克美は、村田さんがモデルの貴田ヒナ子の叔父さんの設定だ。2年後、広島に原爆が投下された。駆け落ちした克美とミツ江は助かり、親方は死ぬ。3日後、長崎に原爆が落ちる。じつは、当初、八幡の隣の小倉が目標だったが、上空の雲が厚く、視界不良で長崎に変更されたのだ。2人はまたも助かった。

原爆について、科学的な知見に基づいて描かれている。「自分が、がんになって、X線治療を受けたのがきっかけです。X線治療は安全なのですが、そもそも放射線ってなんだろう、と調べていったら、ついに原爆にまでたどりつきました」と。緻密な描写の背後には深い体験があった。

時代は、朝鮮戦争の特需で復興が本格化する、昭和26年に移る。ヒナ子は小学校2年生だ。

ヒナ子は、ミツ江の姉の貴田サトの孫だが、母の百合子が再婚したため、祖父母の家で育てられている。近所には、もう一人の叔母である江藤トミ江もいる。それぞれに複雑な事情を抱えた貴田、江藤、瀬高の3家族を中心に物語が展開していく。

克美と娘の緑、ヒナ子たちが、八幡製鐡所の工場見学に行く場面も印象深い。

「実際に、取材などでいろんな方と見学に行きましたが、真っ黒な工場の奥から流れてくる、湯と呼ばれる暑く真っ赤に溶けた鉄を見ると、みなさん、なぜか、涙を流すんです」「火というのは、人間の根源にある何かを触発するようです」と言う。「宇宙は、ビッグバンという大爆発から始まりました。それが、人間の心の奥深くにも刻まれているのではないか」と、作家の洞察は深い。

不倫、暴力、航空機事故、ヒナ子の弟の誕生など、悲喜こもごも、さまざまなドラマが続く。

当時は、人も街も、溶鉱炉の炎のように熱かった。まさに、「八幡炎炎記」だ。村田文学が生まれた土壌がよくわかる作品である。

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