20140706朝日新聞より

読書

 

屋根屋  村田喜代子<著>

 

不可思議な夢と現実の隙間へ

中年の主婦が、自宅の雨漏りの修理を頼んだところ、やってきた屋根屋は夢を見る達人だった。主婦は屋根屋に導かれ、眠りの世界で冒険を繰り広げる。夫にも子どもにも気づかれないまま、夢の中であちこちの屋根を旅する主婦だったが……。

夜に見る夢の話をするのも聞くのもきらいな人は、けっこういるだろう。「筋道やオチガなくて退屈だ」という理由だと思うが、そういう人にこそ、この小説をおすすめしたい(夢好きの人には、言うまでもなくおすすめだ!)。夢特有のわけのわからなさやにおいのような者が活写されているし、物語りが進むにつれ、夢がはらむ不可思議さや欲望や刺激が色鮮やかに迫ってくるからだ。本書を読んで、「夢なんて退屈だ」というひとはいるまい。

夢について考えることは、現実について、生と死について考えることだ。私たちは毎晩、死に似た睡眠をむさぼる。もし、夢を見る仕組みを脳がもっていなければ、人類は「死後の世界」を想像することはなかったのではないか、とすら思える。そう考えれば、さまざまな宗教も、まだ見ぬ世界への憧れと畏れの気持ちも、夜に見る夢が生みだしたものだと言えるかもしれない。

それに気づかせてくれるのが、本書だ;主婦と屋根屋は、夢と現実の隙間、純情と欲望のはざまに迷い込んで行く。つまり、人の心の深淵に。互いの距離を探り合う二人の会話は、いつも不穏にユーモラスで、スリリングだ。もう二度と帰れないかもしれなくとも、どこかへ飛翔したいと願う瞬間の、圧倒的な自由とさびしさ。

本書を読み終えたら、家々の屋根の連なりが、夜に見る自分の夢が、これまでとは違った景色として感知されるようになっていた。夢の中に留まるか否か、実は私たちは毎夜、ぎりぎりの綱渡りをしているのだ。

評・三浦 しをん

作家

講談社・1728/むらたきよこ

45年生まれ。作家。著書に『故郷のわが家』『ゆうじょこう』など。

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