20140704産経新聞より

文化 文芸

 

村田喜代子さん長編「屋根屋」

夢旅行の浮遊感 飄々と

 

屋根の修理をする職人と平凡な中年主婦が、夜ごと夢の中であでやかなあ逢瀬を重ねる。作家、村田喜代子さん(69)の長編『屋根屋』(講談社)は、現実と夢の間を漂う、そんな2人の男女の不思議な距離感と浮遊感を、持ち前のユーモアを交えた飄々とした筆致でつづっている。         (海老沢類)

 

雨漏りする屋根を修理するために「私」の家にやってきた「屋根屋」は、九州なまりのある朴訥な中年男だった。自在に夢を見られる、と話す屋根屋に誘われて、 「私」は夢の中で一緒に旅に出るようになる。法隆寺、フランスのシャルトル大聖堂へ。連夜の夢旅行で2人は空を飛び、世界の巨大な屋根をながめる。

「屋根も、夢も、人が自由に行き来はできない。そんな場所のようで場所でない所を一つの世界としてつくる楽しさにひかれるんです」と村田さん。屋根という「斜面」への強い関心は、ケーブルカーを描く初期短編「鋼索電車」にも通ずる。「単純に好きというわけではなくて、懐かしさや恐怖もあって気持ちが向かう。いろんな小説を書いていても、大もとには同じものがあるんですね」

「私」と屋根屋が一緒に見る夢は、出来事の筋も通っていて五官を刺激されるほど明晰だ。かたや夫や息子との実生活はどこか手応えに乏しい。「私」の中で夢と現実がもつれだし、屋根屋との仲も男女の関係を超えた官能性を帯び始める。印象的なのは、空から人間の営みを見晴らす夢の中での視点だ。東京スカイツリーの名称決定(平成20年)の報を冒頭に置き、震災「前」の設定を強調したのにも意味がある。

「上から見てみると、屋根は『平和の象徴だな』と思います。どの家にも箱にふたをするように屋根がきちんとおさまっていて、高いビルも低いビルもまっすぐに立っている。平穏であることのありがたみを感じますよね」

作中でゴシック様式の聖堂の屋根を描くために、実際にフランスにも足を運んだ。「まだストーリーが浮かんでいない段階だから気が気でない。ルーブル美術館も前を通っただけで…」と苦笑いするが、その分、天に向かって高く伸びる西洋のゴシック建築と日本の寺院の様式やメンテナンス法の違いなど、屋根をめぐるうんちくがたっぷり盛り込まれている。

「日本の寺院の屋根の上は『もの思う場所』だと思いますね。なだらかで広くて、(上に乗れば)雲の流れも見えるから、きっと臨場感もある。西方浄土へ向かって漂う舟のようでしょう?」

 

屋根屋の九州なまりが作品のアクセントに「きざっぽい、ちょっと変なことも、方言だと相当言えますね」と話す村田喜代子さん

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