20140201読売新聞より

 

第65回読売文学賞 受賞6氏と作品

 

小説賞  村田喜代子 「ゆうじょこう」

 

ダイナミックな大らかさ

 

まず何より、硫黄島からやって来た、子ども同然のイチのきらめく生命力に圧倒された初日、楼主の検分を受けた彼女は、豪勢な屋敷の中心に王のようにそそり立つのが“そのこと”なのだ、と理解する。嘆きもせず同情も求めず、現実を的確に把握して受け止める。生まれて初めて自分の名前を書いた時には、”これが、あたいの全部か“と自問し、ほんの一瞬で、名前が持つ本質を深くえぐる。さらには独自の感受性を発揮して海亀に手紙を書き、蟻と友達になる。体が拘束されているからこそ、彼女の自在な精神がいっそう尊く光って見える。

言葉を知らないイチは、言葉に書けないことを日記に書く。未熟であることが時に、矛盾を超えるのだと彼女は証明している。

なんのたくらみもなく、ただありのままに振る舞っているだけなのに、彼女の存在は少しずつ周囲を動かしてゆく。特に正気の学校の先生、鉄子が果たす役割は大きい。遊郭の中心から少しずれた地点に置かれたこの視点のおかげで、物語はより魅惑的な奥行きを見せてくれる。

生々しい性の現場を舞台にしながら、ここにはダイナミックに突き抜けた大らかさがある。これは村田さんにしか作れない世界だ。  小川洋子

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