毎日新聞 20130804日 東京朝刊

今週の本棚:

持田叙子・評 『ゆうじょこう』=村田喜代子・著

 

ヒロインも異色。青井イチは色気のかけらもない元気な海の子。母は海女で父は漁師。硫黄の匂う海でいっしょに泳いだイルカや亀についてはよく知るけれど、人間の事はわからない、まして大人の性の事など。

 その十五歳の海の子が廓(くるわ)に着くなり裾をまくられ事務的に男根を入れられて女性性器を検分され、異様な感覚に「あ」と動転するところから独特の無常のドラマは始まる。

 情のない性交のつらさ。イチはしじゅう「痛(い)て。痛て。」と叫ぶ。先輩の遊女は少女たちに賢い身の守り方??女が主導し男を骨ぬきにする「精緻精妙微妙凄絶(せいぜつ)な技術」を教える。イチなどは廓きっての花魁(おいらん)「東雲さん」に、生理の出血を自在にコントロールする秘術まで習う。本当にこんなことできるの?

 女から女へ授けられる女のからだの内側のあれこれの知識がすごい迫力。女であるのに女について何も知らない自分に気づく。にわかに体内に紅(あか)い血がどっくんと湧く思い。

 イチにはもう一人すぐれた教師がいて、それは廓内の学校「女紅場(じょこうば)」で読み書きを教えてくれる元士族の「鐵子(てつこ)さん」。鐵子さんの導きにより「青井イチ」と書いた瞬間、少女は世界を知り分け、自己存在の感覚を得る。

 十五の春に売られてきたイチは十六の冬、東雲楼の遊女たちと力をあわせ、廓を脱出する。ゆく先はそれぞれ。イチは朝鮮半島まで伸(の)す筑紫の海女の仲間に入る決意をする。

 一見けなげな少女の向日的成長譚(たん)だが、字を学び知にめざめたイチの前には果てしない孤独も広がる。子を喰(く)いつぶすオヤはオヤでないと知った。捨てるべきものとさとった。

 強いられた性交をへて、島ことばでいえば「じのそこがほげ」(地の底が抜け)る地獄に自分が生きることにも気づいてしまった。

 もはや南の海だけが彼女を待つ。廓でいやいや男と寝るイチの想念にはしばしば、光みちる青の虚空でやわらかく泳ぐイメージが浮かんだ。イチの眼(め)を見返す大きな海亀こそ、少女のエロスの象徴。亀は彼女の神だった。

 

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