20130224日本経済新聞より

 

「偏愛ムラタ美術館 発掘篇」  村田喜代子著

絵画に近づこうとする作家の目

 

絵にかかれた世界を、文章で書くのは、そうたやすいことではない。形、線、色彩を言葉に置き換え、そうした要素が統合してつくり出された、いわく言い難い魅力に、言葉一つで肉薄しなければならない。著者の言葉を借りれば、それは「初めから敵わぬ恋文のようなものだ」。

だからこそだろう。本書に収録される16編の絵画エッセーからは、心打たれた絵に近づこうと試みる作家の、練達の筆さばきが感じ取れる。

たとえばドイツ表現主義の画家エミール・ノルデ。その日没近い空を青と黄で染め上げた水彩画について、著者は「ノルデの風景画は大いなる空の分量への賛嘆なのだ。天空の絵である。登場するのは雲だけだ」と畳み込む。「紫の雲。青い雲。オレンジの雲。黄色の雲。雲というよりは色のかたまり」と切迫したリズムで繰り出す描写を追ううち、見えていなかった細部が次々に立ち上がり、絵の魅力が腑に落ちるように感得される。

あるいは、異色の日本画家、横山操が、焼け落ちた東京・谷中の五重塔の残骸をモチーフに描いた代表作「塔」について「弁慶の立ち往生だ」と形容する言葉の巧みさ。

しかし、忘れてならないのは、言葉の技の向こうにある目である。どこまでも見ようとする目がなければ、絵はこちらには近づいてこない。そんな絵画鑑賞の王道を、本書は雄弁に実践している。(平凡社・2000円)

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