20120829毎日新聞夕刊より
文芸時評 私のおすすめ
@村田喜代子『光線』 (文藝春秋)
A佐伯泰英『惜礫荘便り』 (岩波書店)
Bマイケル・ボーダッシュ著、奥田祐士訳『さよならアメリカ、さよなら日本』(白夜書房)
冥界からの光線にどう向き合うか
紅野謙介 (日本大教授・日本文学)
震災と原発事故以来さまざまな軋みが続く。反原発、消費増税、尖閣諸島や竹島問題など、オリンピックが清涼剤として消費されるのも肯けるが現実はそのように勝敗をつけてくれない。暑い中で厄介なことにどう付き合うか。
三.一一の日、ひとりの女性に癌が見つかった。さまざまな葛藤の末に彼女は最新の放射線医学を受けることになる。ここで村田みずからに起きたことを夫の目で語るという離れ業をやってのける。妻の受ける放射線と福島の発電所が重なり合う。動揺きわまりないこの時期、冥界からの「光線」にどのように向き合うかが語られている。
時代小説文庫で大人気の作家がオーナー岩波茂雄+建築家吉田五十八の建てた熱海の「惜礫荘」を購入し、解体と補修を引き受けた。名建築の細部が現代に解き明かされ蘇った。岩波・吉田そして佐伯のリレーがみごとに成立する。それにしてもこの作家にこそ男前ということが似合う。
BはJホップの歴史的解剖。笠木シヅ子、美空ひばりから始まり、GSをへて、はっぴえんどの画期的な意義が解き明かされる。研究書と思えないほどひきこまれたが、日米関係の政治的陰影がみごとに読み込まれている。