東京新聞20120819より
【書評】

光線 村田 喜代子 著 

 

◆人の存在の根っこに迫る

[評者]南木 佳士 作家・医師。著書に『熊出没注意−自選短篇小説集』など。

 短篇集の巻頭に置かれた表題作の「光線」は、妻が子宮ガンに罹(かか)った夫の手記のかたちになっているが、表現がなまなましい。優れた短篇小説を書いてきた著者の手になるものにしては登場人物と作者の距離が近すぎる。

 いぶかしく思い、すぐにあとがきを読んでみると、「文学界」に短篇の連作を書いている途中で著者に子宮ガンが発見され、それは東日本大震災の数日後のことであったと記されている。放射線治療を選択し、その副作用でふらふらしながら震災と原発の騒動を悪夢のように眺めていた、とも。

 連作のテーマは土地の力、地の霊力というようなものだった。その土地があまりに頼りなく揺れ、身の内には命にかかわる災厄が生じた。

 生きのびるために懸命なとき、ひとは客観的な視点をうしない、企(たくら)む力が失(う)せがちになる。そして、なんとか生きのびたとき、出来事の以前とはべつの場所に出てしまったじぶんに、戸惑いつつ気づいたりする。

 「光線」が企む力を取りもどし始めた作品だとするなら、あとに続く「海のサイレン」「原子海岸」は力を蓄えつつある印象で、「ばあば神」に至って、新たな地平にしっかり立った著者の本領が発揮される。出来事以前に発表された「関門」「夕暮れの菜の花の真ん中」「山の人生」などは、村田喜代子ファンならおなじみの、静謐でありながらどこか不気味な、ひとの存在の根っこに迫る秀作である。

 巻末に置かれた「楽園」には地底湖の潜水ダイバーの意味深長な言葉がなにげなく配置されている。

 <たとえば洞窟は私に発見されるまで存在していない。ですから存在を作り出すという体験によって、造物主に近づくということです>

 短篇集は発表時期にとらわれない作品の並べ方で、かくも本としての奥ゆきを持たせることができるのだという事実に驚かされる一冊だ。

むらた・きよこ 1945年生まれ。作家。著書に『蟹女』『故郷のわが家』『蕨野行』など。

(文芸春秋・1575円)

<もう1冊> 

 川上弘美著『神様 2011』(講談社)。福島原発事故の後、熊との交流を描いた一九九三年発表のデビュー作を改編した話題作。

inserted by FC2 system