20110417朝日新聞より

「縦横無尽の文章レッスン」  村田喜代子著

よい文、読んで味わい書いてみる

私は毎年、新入生にリポートの書き方や調べ物の仕方を教える授業を持っている。ところが、一通りのことを講義して、さあ、自分で文章を書いてみましょう、と告げるとき、たいていの学生の顔にうんざりした気配がうかがえるのだ。いつものように、いささか重い気分で始まった新学期、本書に出会った。

 古今、文章読本の類は数多いが、いわゆる「名文」ばかりがずらりと並ぶだけで、読めばすぐに何かが書けるようになるかといえば、そんなことはない。確かに、よい文章を書くためには良質な文章を読むことが必要だが、では、どんなものを選べばよいかがするりとわかる本はなかなか見当たらないものだ。

 本書のユニークな点は、小学生の作文から理系の学者の文章、童話など、ジャンルを問わずおもしろい文章を教材として提示していることだ。それを読み、味わい、そして自分でも書いてみる。その繰り返しを基本として、何をどう書くかの具体的な実践方法が語られていく。何しろこれは、著者がある大学の文章講座で実際行った授業をもとにしているのだから、わかりやすくて役に立つのは当然である。時には学生たちが書いたものがテキストとして論評されるので、どこをどう直すのか、どんなところが評価されるのかが実感できる。

 しかし、本書は単なる実用書ではない。各章の前後には、著者が海の見える大学に通う道々の風景や出来事が差し挟まれており、これが、さりげないようでいて、実は最良のお手本となっているのである。物事をとらえる感性と、それを表現する絶妙のバランスが、「何をどう書くか」というもっとも難しく根本的な問題の模範解答となっているのだ。教師が教室で語れるのはほんの少し。本当に学びたいのなら教師の仕事を見ることが大切なのである。

 本を開きさえすれば、村田ゼミはいつでも開講中です!

      評・田中貴子(江南大学教授・日本文学)

 

朝日新聞出版・1680円/むらたきよこ 45年生まれ。作家。 『鍋の中』『望潮』『故郷のわが家』など。

 

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