週刊朝日20090710より

 

「ドンナ・マサヨの悪魔」村田喜代子

 

イタリアに留学していた娘が妊娠して恋人パオロとともに帰ってきた。ある日、母のマサヨは不気味な声を聞く。「ばあさん。あんた、話を聴くのは好きか?」娘の腹にいる赤ん坊だというその生き物と、彼女は奇妙な会話を始める━。

長い旅を続けてきた、という彼は生き物が繰り返してきた営みの記憶を語る、語る。野卑で尊大。その割にどこか憎めない。悪魔と、ドライでシニカルなマサヨとのやり取りには渇いたユーモアが漂う。

だが、マサヨの日常はささくれた気分に支配されている。始終文句ばかり言う夫にうんざりし、娘に感じるのも祝福より将来の不安。「子供産んで育てて、亭主の面倒みて、女の人生ってそれだけ?」

新しい命の誕生という歓びと、女であることの鬱屈。ラストで悪魔がマサヨにもたらすものは、女の大問題を見事に結んでなにやら不思議な開放感を与えてくれる。(谷本 束)

 

inserted by FC2 system