週刊新潮20090709 TEMPO BOOKSより

 

村田喜代子

「ドンナ・マサヨの悪魔」

 

妊娠を巡る小説だが、同テーマの他作品とは読み心地が異なる。何しろ主要登場人物が、胎児なのだ。

マサヨは、近所の犬猫の言葉を解する能力を備えていた。イタリアにいた娘・香奈が出産準備のため家へ戻ってくると、どこからか、くぐもった声が聞こえた。

「おれ様は向こうから旅してきたものだ」

胎児が話しかけてきたのだ。以来、胎児は自身の辿ってきた道をマサヨに語って聞かせる。

かつて、銀色に光る水中生物で水が干上がると肺呼吸を始めた。時代を経るとサバンナで群れをなす。胎児は生物の進化過程を再現しつつ生長するという説がベースにあるようだ。

つわりや胎教、名付けという現世の悩みと、胎児による壮大な語りが交差してストーリーは進む。いよいよ出産というときの分娩室の描写が、緊迫感あふれる。赤ん坊の誕生は、マサヨにとって、孫ゆえの喜びだけに留まらない。もっと大きな、人類愛を感じさせる出来事だと実感させられる。(文藝春秋・1600円)

 

inserted by FC2 system