20160427産経新聞より

がん闘病から生命の根源へ迫る

村田喜代子さん新刊「焼野まで」

 

「同じ体験をしても別の人が書けば違う話になる。がんとの闘病を芯にしながら、不思議でちょっと変な自分流の小説にしたいと思ったんです」。作家、村田喜代子さん(71)の新刊『焼野まで』(朝日新聞出版)は、平成23年の東日本大震災直後に子宮体がんが見つかり、放射線治療に通った自らの体験に基づく長編小説。私的な題材を、現実と夢が入りまじる奔放な語りで、生命の根源に迫る壮大な一編に結実させた。

震災直後に子宮体がんが見つかった主人公の「わたし」は放射線治療を受けることを決め、治療施設がある九州最南端の町に滞在する。毎日一定量の放射線を照射され、車酔いのような症状に苦しむ「わたし」は、書店で震災関係の本を目に、津波と原発事故の推移を報じるテレビ映像にも見入る。

東北の被災地と遠く離れた九州での自らの治療体験は、平成24年刊の短編集『光線』(文芸春秋)の中でも描いた。「福島では原発の放射能被害が言われているのに、片や自分は治療のための放射線を体に照射している。全く別物だとは分かっていても後ろめたさのようなものを感じた」。当時の感覚はそのままに、自らに近い女性の一人称を使って、長編へと発展させた。

作中、治療の倦怠感から夢うつつをさまよう「わたし」は、女系の病に導かれるように、亡くなった祖母や大叔母らと言葉を交わす。テレビが報じるのは東北の大災害だが、足元の九州の町に眼を移せば、こちらも「焼島」という活火山が噴火を繰り返している。生命を宿す子宮の病と大地の荒々しいエネルギーが重ねられていく。

「(題名の)『焼野』というのは私の中では、地球が生まれる熱が吹き出す火山地帯なんです。それに子宮も宇宙と呼応するものですよね。この小っちゃな体の中のがん細胞をきっかけに、地球から宇宙までを見通す視点を持てたら、書く喜びはあるなと思った」

治療のかいあって腫瘍は消え、再発もしていない。インタビュー中、闘病の話をしながら「面白い」「喜び」といった意外な言葉が何度も飛び出した。「考えれば考えるほど想像力が出てくる『小説を書こう』という意識が今回ほど強かったころはない」。今春、文芸誌で新たな小説の連載も始めた。「死]について深く考えた5年前の体験が旺盛な執筆活動を支える。

「生と死は裏表で、死があるからこそ、生が輝くわけですよね。生きることがこんなに大変だって気づいたら、死ってすごく荘厳なものなんだな、と。その理解が深まったことで、今度また何か書けるかもしれない」     

(海老沢類)

inserted by FC2 system