20100313読売新聞夕刊から

村田ワールド変化の兆し  一年余に4冊刊行

 

作家村田喜代子さん(65)(福岡県中間市)が、この1年余で4冊を相次いで出版した。芥川賞の受賞以来23年間での刊行が30数冊であると知れば、精力的な仕事振りを印象づけられるが、実際は「たまたま」と言う。ただ、期せずして、これらの作品は、作者自身に一つの変化、転機を意識させているようだ。(田口淳一)

 

4冊は、近作『故郷のわが家』(新潮社)のほか、『あなたと共に逝きましょう』(朝日新聞出版)、『ドンナ・マサヨの悪魔』(文藝春秋)、『偏愛ムラタ美術館』(平凡社)。『偏愛━』は<小説家を奮い立たせてくれる絵>にまつわる美術エッセイで、他の3作は、いずれも文芸誌に連載された小説だ。

日常と地続きの場に生み出される異界は「村田ワールド」を特徴づけるが、それはこの3作でも効いている。夫の動脈瘤に翻弄される夫婦を描く『あなたと━』には妻の奇妙な夢が織り込まれる。『ドンナ━』で、留学先から妊娠して帰国する娘とイタリア人の婿を迎える母親は、生物進化の、気の遠くなるほどの記憶を一身に背負ったような孫である胎児と交信する。

現実の世界が不意にねじれ、現れる異界。そこから露出してくるのは<生の根源的なありようの象徴としての風景>だと、村田文学を論じたのは、詩人山本哲也氏(『小説読みのフィールド・ワーク』)。荒唐無稽のようでも、どこか現実味を帯びて感じられるのは、そんな<風景>を見せられるからだろう。

望郷とは何かを見つめる『故郷━』でも同様だ。執筆のきっかけを村田さんは、稲垣足穂の言葉に触発され、「この地球にあるものは、何億光年の彼方から振り返って見ている思い出ではないのか」とふと感じたことだったと話す。

舞台は大分県・九重高原。母親が亡くなり誰もいなくなった家の整理に東京から帰郷した笑子さんは夢の中で65歳のまま、恐竜好きだった10代の兄と一緒に、恐竜たちと出会う。ときに猫や犬とも語り合う。

随所に描出される古びた物も魅力的だ。台所の鍋、フライパン、砂糖壷、しゃもじ。箪笥の中の着物、櫛、簪、千人針。それらには一度でも人の手の脂に触れた物のにおいがあった。

「モノ」は村田作品において、<「光源」>と、山本氏は記す。芥川賞受賞作「鍋の中」の鍋をはじめ、何でもないはずの<「モノ」のうえに、おもわず「異界」を見てしまう>のだ。

その村田さんが「モノから離れていくという感覚がある」と漏らした。「モノは凝視し、クローズアップすることで生命を持ってくるものだったけれど、いまは小道具のような役割になっている」気がする。

そして、「自然回帰という道筋が浮かんでいる」。近年、中世ヨーロッパの森に関心を深めているというのもその反映だろうか。これからどんな作品世界が生まれるのだろう。生と死のあわいについて、なお書きたいことがあるという。

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