毎日新聞 2009年4月15日 東京夕刊より


村田喜代子さん:『あなたと共に逝きましょう』刊行 病と御せない心、描く

 作家の村田喜代子さんが『あなたと共に逝きましょう』(朝日新聞出版)を刊行した。二人三脚で病に立ち向かう団塊世代の夫婦の物語だ。

 取材開始から約5年をかけた長編小説。語り手の妻は、服飾大の教授としてモード論を教える。夫は会社社長。平穏だった2人の日々は夫に大動脈瘤(りゅう)が見つかったことで激変する。

 破裂死を避けるためには心臓手術しかない。妻は食養生や湯治に活路を見いだし、介護に励む……。6年前、福岡県在住の村田さん夫婦に起こった出来事を下敷きにしたが、私小説ではない。知り合いの大学教員を想定して主人公を造形し、名前はそのまま拝借した。

 「他人だと安心してうそがつけます。うそばかりなのに、結果的に自分の気持ちがすごく入っている」

 これまでの作品と比べ、文体が異なる。情緒を排し、簡潔、かつ畳み掛けるようなリズム。作中に織り込まれる主人公の夢は連続性があり、おなじみの幻想的な村田ワールドへと読者を誘う。

 夢の中で「女郎」として男に身請けを迫られる場面が特に印象深い。村田さんがテレビで歌手ちあきなおみの幻の名曲「朝日のあたる家」を聴いた夜に、実際に見た夢という。

 「夢には、夫婦の溝とか、日常では掌握できない深層心理的なものがあらわれる。夢のシーンがなかったら語り切れなかったでしょう」

 手術台に上がった夫は生還するが、妻を襲ったのは悲しみの感情だった。介護うつ−−。単純な大団円で終わらせないのが村田流だ。

 「夫だけ治って置いてけぼりになったような、そんな自分を御せない、人間の心を書きたかった」。とはいえ、描かれるのは夫婦のきずな。題に「ともに生きましょう」との思いを掛けた。【渡辺亮一】

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