「生身の体と心の動きに興味」 村田喜代子さん

2009年3月17日朝日新聞より

「身体論がライフワーク」と村田喜代子さん=福岡県中間市の自宅、溝越賢撮影

 大切な人が深刻な病に陥ったら、寄り添う自分の心と身体はどうなるのか――。作家の村田喜代子さんが、長編小説『あなたと共に逝きましょう』(朝日新聞出版)で、そんなテーマに向きあった。これまでモノをめぐる奇譚(きたん)を多く紡いできたが、この新作と同様の体験を経て、「生身の体と心の動きに興味が移ってきた」という。

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 大学で服飾を教える香澄は充実した暮らしを送っていたが、夫に破裂寸前の大動脈瘤(りゅう)が見つかる。命を落としかねない病気を前に、60代の夫婦は湯治や食事療法をしながら二人三脚で立ち向かう。

 「がんなどの病気とは違って、動脈瘤(りゅう)は1秒先にどうなるかわからないという緊張感があります。ロシアンルーレットのようにね」

 手術が成功し夫は快復するが、今度は香澄の心身に「介護うつ」のような変調があらわれる。

 こうした事態は、数年前の村田さん夫妻にも降りかかった。「一緒に三途(さんず)の川を渡りかけたつもりが、病人だけ元の岸に戻って、妻はまだ向こうに取り残されている。そんな心の動きは生々しくて、想像を超えていたんです」。5年をかけて書き上げた。

 22年前に「鍋の中」で芥川賞を受け、骨董(こっとう)の世界が舞台の『人が見たら蛙(かえる)に化(な)れ』(朝日新聞出版)など身近なモノを好んで扱ってきた。が、今は「血の通わないモノより、体と心のほうが観察の対象として飽きない」と思うようになった。近く出す予定の『ドンナ・マサヨの悪魔』(文芸春秋)も、身体と心の神秘がテーマのひとつだ。

 「おばあさん」がよく登場するのも村田ワールド。棄老伝説を取り上げた、『蕨野行(わらびのこう)』(文春文庫)では60歳になれば「老人」だったが、今作の香澄は〈若い頃、五、六十代の人々を見ると先が短い印象を持ったが、自分がその齢(とし)になってみると一向に老人の気分はない〉と思っている。

 それは、団塊世代に属する村田さんの実感でもあるらしい。「老いることが下手な世代。気持ちが若くて体とずれてるから、しわひとつ受け入れられないし、病気になるのにも不服がありますよ」

 山口県の大学で小説の執筆を指導しているが、若者とふれあうと老いることの良さを逆にかみしめるという。「現実を知っているぶん、不まじめで悪知恵が働く。肉体的に負荷はかかるけれど、精神的には自由になるんですね」と言ってニヤリとした。(新谷祐一)

 

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